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教訓
何ごとも第一印象が大事である。
あらすじ
田舎医者は吹雪のなか、重病人のもとへ行かなければならなかった。しかし馬車をひく馬が見つからず困っていると、豚小屋から馬丁が現れ、2頭の馬を差し出してきた。
しかし、女中ローザを狙う馬丁とローザを一緒に残していくわけにはいかないので、馬丁を連れて行こうとするが、いつの間にか馬車は走りだし、瞬時に重病人の家に到着してしまった。
家族が見守るなか医者にそっと「殺してくれ」とささやく若者を診るが、全く健康そのものだった。しかし馬がいななくと、若者の腰のあたりに大きくひどい傷があるのを発見した。その傷口には蛆虫たちがうごめいていて、眺める家族たちをよそに、医者は治療を拒んでいた。
すると、家族と村の老人たちがやって来て医者は丸裸にされ、若者の横に寝かされた。
若者に無能と非難された医者はどうにか若者を説得しておとなしくさせ、自分は裸のまま馬車に乗って逃げ出した。しかし、馬車はいっこうに家に辿りつかず、馬丁に謀られたと考えた。

ヒサクミコ評
「田舎医者」という言葉が悪い。
タイトルでいきなり「田舎医者」と言われてしまっては最初からやぼったい老いぼれの医者を想像してしまうではないか。しかし、小説の中でそんな風に形容した表現があったであろうか。
いや、決して主人公である田舎医者を「やぼったく老いぼれた田舎医者」という風には描かれていない。
これが「田舎の医者」というのならわかる。田舎で生活をし、田舎で働く医者という風に感じられるからだ。ところが「田舎医者」となってはどうだろう。どうも「田舎っぽい医者」とか「田舎くさい医者」とか「泥臭い医者」とか、そんなイメージを抱いてしまう。
そんな田舎医者だから裸で馬車を走らせても違和感を感じないのだろうか。普通に想像すれば信じられない光景のはずだ。吹雪の中真っ裸で馬車を走らせているのだ。想像しただけで笑ってしまいそうになる。
例えば「都会医者」というタイトルであったらどうであろう。
その都会医者にはスタイリッシュで洗練されたイメージが出てくるだろう。老いぼれた感じではなく、ダンディーでロマンスグレーという言葉がぴったりはまる、筑紫哲也のような気品が感じられるはずだ。
そうするともちろんそんな都会医者が真っ裸で馬車を走らすなどありえない。
ダンディでロマンスグレーな医者が真っ裸で馬車を走らすなどありえない。
筑紫哲也が真っ裸で馬車を走らすなどありえない。
言葉の持つイメージは恐いものである。