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夏が終わった。
一年のうちで人々が最も開放的になり、ハメをはずし、一夏の甘酸っぱい思い出を残す夏が終わった。
新しい自分を発見する夏が終わった。
しかし人々は今年の夏を謳歌できたのであろうか。冷夏と台風という聞くからにもの悲しい季節をうとましく思ったのではないか。
せっかく新しい水着を買ったのに一度も着る機会がなかったのではないか。
小雨の降るビアガーデンで小動物のように小刻みに震えながら冷たいビールを飲んだのではないか。
あゆの海の家・RAINBOW HOUSE以外どこの海の家も赤字決算だったのではないか。逆にRAINBOW HOUSEができてしまったせいで鵠沼海岸の海の家は客のほどんどを奪われたのではないか。
マグロの水揚げ激減や野菜の高騰、エアコンの売り上げ減少ならまだしも、100円ショップの売り上げ低迷までも冷夏のせいにしているのではないか。
夏に固執するチューブにはいい加減うんざりしているのではないか。夏を看板にかかげてる以上、こうした盛り上がらない夏にこそ「俺たちが熱くさせてやるぜ!」という意気込みを持って斬新な楽曲を発表してもいいのではないか。
毎年同じような曲の繰り返しではないか。
夏が寒いというだけでこれほどにも人々の平穏な生活を脅かし、心を閉ざさせてしまっているのだ。私たち凡人にとっても、冷夏という魔物の打撃に苦しんでいるのだから、夏を職業としている人々にとっては、魔物を遥かに上回る魔界大魔王様の制裁を受けているはずだ。
言葉の響き的に言えば「五賢帝最後の皇帝大秦国王安敦の来航」くらいの脅威さだ。
そんな夏職人はこの夏に稼げなかった分、冬に挽回を図る作戦が練られるに違いない。
ビーチグッズの小売店はアウトドアつながりでスキーやスノーボードグッズを売ればいいだろう。
海の家は、海から山へ引っ越し、そしらぬ顔して看板を山の家と書き換えてしまえばいい。
夏祭りなどの露店は、これから年末年始を迎えるわけだから夏の不振などはなんのそのだ。小麦粉があればなんでも来いだ。高騰した野菜を使う気など毛頭ない。焼そばもお好み焼きもタコ焼きも、小麦粉だけで充分だ。
チューブは冬にもCDを出せばいい。出したからといって売れるかどうかは別問題だが。
とにかく夏の被害を受けつつも、彼らはいくらでもその損失を取り戻す手段はあるというわけだ。
しかし、悲しいことにそれさえも困難な人々がいる。
夏の風物詩として毎年夏になると晴れ舞台に立ち、その華やかな一大スペクタクルで人々を魅了し、純和風コスチュームで女性を130%美しく見せる魅惑的な催し。老若男女誰もがその儚くも華麗な一時の夢に涙する、日本の伝統行事。
花火大会である。
そしてその花火大会を裏で支えているのが花火師たちなのだ。
彼らは夏の一時のために一年中試行錯誤し、新しい花火開発のために日夜研究を重ねている。その日のために毎日火薬と向かい合い、火薬とたわむれ、火薬と寝食を共にする、火薬なしでは生きていけない、いわゆる火薬人間なのだ。
そんな彼らにとって花火が夜空に舞うその一瞬こそが彼らの努力が実る時であり、夢なのである。
しかしもしその一夜限りの夢が奪われてしまってはどうだろう。
確かに秋の運動会開催のお知らせ花火や新年おめでとう花火など、花火師にだって夏以外に仕事はある。しかし夏の花火大会こそ花火師が最も輝く時であり、花火師という裏方職業を誇りに思う瞬間なのだ。
悲しいかな、今年は台風の影響で花火大会の中止が多発した。東京では神宮外苑花火大会が一度延期したにもかかわらず悪天候のため中止に踏み切った。
花火師の夢をもろくも打ち砕いたのである。
ところが花火師の存在など気にもとめない若者たちにとっては、ゲスト出演する予定であった浜崎あゆみが見られなくなってしまったことのほうが打撃であろう。
一方、15日から16日に順延になってしまった時点で、多忙なあゆはスケジュールいっぱいで出演はなくなったが、同じくゲスト出演予定だった諸星克己はというと、16日でも出演可能だったというではないか。しかし16日も中止となって結局出番はなくなってしまい、2日間も仕事に穴を開けてしまった彼のことを思うと悲しくて涙が出そうだ。
かつて一世を風靡した人気アイドルグループ・光GENJIのかーくんだ。そんなに暇なわけがないではないか。あゆが出演できないということで、先輩として仕事に対する熱意というものを見せてやろうという立派な精神から、忙しい間を縫って花火大会のためになんとかスケジュールを空けてくれたに決まっているではないか。かーくんが暇なわけないじゃないか。内海も大沢も佐藤(寛)もみんな忙しいに決まってるじゃないか。
「別に使わなかった花火はまた他で使いまわせばいいんじゃないの?」
「どうせ花火なんてどれも一緒じゃん。赤と青とか黄色とかの火花が散ってるだけじゃん。」
こんな風に思っている人もいるだろう。
違う!花火のことをそんなふうに言うな!花火師のことを悪く言うな!!!かーくんを暇人と言うな!!!!
花火師たちは親方と弟子という厳しい師弟関係の中で修行してきた職人魂のかたまりであり、その世界など私達凡人には図り知れないものなのだ。
私達とは生きている土俵が違うのだ。そう、花火師たちと私達の世界は次元が違うのだ。
異次元に生きる花火師たちではあるが、花火師の世界にだって物語というものがあるだろう。人間同士の葛藤、挫折、争いなど、花火師界の中でさまざまなドラマが繰り広げられているに違いない。花火師同士の愛と感動のストーリーが生まれているに違いない。
愛と感動のストーリー「花火師の夢」ヒサクミコ著
南町商工会議所。
この日、3ヶ月後に開催される花火大会に向けて花火師たちによる会議が開かれていた。
「では、以上、南町花火大会の概要をお話しましたが、ここまでで何か意見はありますか」
町の小さな花火大会ながらも、その計画は綿密に練られ、会議の席でそのおおまかな開催プログラムが司会進行役によって読み上げられた。
「はい。えっとー、プログラムについて一つ意見があるんだけどいいかな」 花火師たちの中でも最年長の林田が手をあげて立ち上がった。
「今回私が開発した新作『暴れん坊くん』なんだが、これは他の花火との共演というかたちより、やっぱり単独でいったほうがいいんじゃないかな。こいつの場合他の花火とは相性がいいとはいいきれんからな」
そこへ間髪入れずに手をあげて反論したのは、林田の向かいに座る水島だった。
水島は年齢では林田よりふたまわり以上も下であるが、代々続いた伝統ある花火師の名門出であるため、自信とプライドを持っていた。
「厳しいと思いますよ。あれはさすがにピンじゃもたないと思いますね。確かに大きさは抜群ですが、どうも何かが欠けるんですよね。大きいだけで華がないというか。あれでしょ、花火なだけに華がないんじゃね…」
水島の最後の言葉に、部屋のあちこちからクスクスと笑いが起こったが、それを制するように、林田の弟子である若手の和久井が立ち上がった。
「水島さん、それは言い過ぎじゃないですか。『暴れん坊くん』は林田さんが何十年も研究してきてやっと完成させた新作なんですよ。それをそんな言い方するなんて失礼にもほどがあります」
「和久井くんねー。いいかい?花火はお客さんが見て喜んでくれてなんぼなんだよ。それを努力とか忍耐とかに置き換えられちゃあ困るんだよね。そういう古い考え方は捨てないとまずいな。いつまでたっても同じような花火ばかり研究して時間を無駄にしてしまうよ」
水島は立ったまま悔しそうな表情を浮かべる林田を、横目でちらっと見た。
「なんですか、それ。林田さんのことを侮辱してるんですか?あなたこそ何も挑戦せず、伝統に縛られっぱなしじゃないですか」
「なんだと!!若造のくせに、誰に向かって…」 「まあまあ、水島くんも和久井くんもそうカッカッしなさんな。みんな仲良くして、綺麗な花火を打ち上げられればそれでいいじゃありませんか」
今にも和久井に飛びかかりそうな水島の肩を押さえ、仲裁に入ったのは水島より5年程先輩の稲川だ。
「林田さんの『暴れん坊くん』はかなりの大作なんだから、ここはトリをつとめてもらいましょうよ。もちろん『暴れん坊くん』をフォローするかたちで小さな花火、そうですね、『お年頃のイルカちゃん』とか『ダンシングカリフラワー』とかを周りに散らせばいいと思いますよ。ねえ、林田さん、どうですかね。そんなトリは」
笑顔で語る稲川の言葉に、林田もうなずきながら、
「まあ、仕方あるまい。稲川くんの言うように『お年頃のイルカちゃん』や『ダンシングカリフラワー』なら『暴れん坊くん』の良さも隠れる心配ないだろうしな」
と渋々承知しながらも、内心"トリ"という言葉に惹かれた林田の顔は明るくイキイキした様子だった。
「ふん。これだから南町は古くさいって言われるんだよ。ネーミングからしてどうかと思うね。『暴れん坊くん』って…」
水島はブツブツとつぶやきながら、これ以上もめても仕方ないといった感じで大きくため息をついて席に戻った。一方、林田の顔に笑顔が戻ったのを見て安心した和久井はその横に座り、肩を一回そっと叩いてやると、林田は嬉しそうにその手を握った。
「ちょっといいですか」
部屋の奥で小さいながらもよく通る声が聞こえた。
やっと落ち着いたと安堵の空気で満たされていた部屋に、突然釘を刺されたことに誰もが驚き、その方向へ振り返った。
しかもその人物が今まで全く発言などしてこなかった下村だったことに一層の驚きが生じた。
「そもそもこの花火大会の主旨についてなんですが」
思わぬ下村の言葉に部屋全体がざわつき始めた。
「今回から北町の花火大会と同時開催になりましたよね。北町と言えば都内でも有数の規模を誇る花火大会です。その北町と同時開催ということで我々南町にとってはその名を知らしめるまたとないチャンスとなりますよね。
従って合同開催第一回目となる今年こそが勝負の分かれ目で、今年失敗すれば二度と北町との同時開催もないということもありえるわけです。そうなると我々南町はどうするべきかということです」
人々の間にどよめきが起こり、すかさず林田の横に座ったまま和久井が言葉をはさんだ。
「どういうことですか?」
立ったままの下村は和久井を横目と見ると一息ついて再び続けた。
「北町と言えばフィナーレの『チョモランマの宴』が最大の見どころです。その『チョモランマの宴』を活かすことが、我々南町の使命だということです」
「いったい何が言いたいのですか」
詰め寄る和久井に今度は一瞥もくれずに遠くを見たまま言った。
「『暴れん坊くん』は必要ありません」
それは、長年南町花火大会を支えてきたことに固執し、世代交代という現実に目を背け続けていた林田を引退に導いた一言であった。
…10年後の夏。
花火師を引退した林田は、孫に囲まれ家でゆっくりと幸せな日々を送っていた。
「お父さん、そろそろ始まるわね」
窓際に座ってすずしい夜風に当たりながら夜空を眺めていた林田の横に、1人娘のかおりが腰を降ろした。
「今回から和久井さんが総指揮をなさるんでしょ?楽しみね」
かおりの言葉に深くうなずきながら夜空を見つめていた。
あれから毎年開催されてきた南町花火大会であるが、年を追うごとにそのレベルも上がっていき、今では北町と肩を並べるほどの規模を誇っていた。そしてその全体を仕切るのも、立派な一人前の花火師となった和久井だ。
その成長ぶりを我が子のように見守り続け、ついに今年、南町花火大会を仕切るまでになったのだ。林田はこれから和久井の花火が打ち上げられるであろう夜空を一瞬も見逃すまいと見守っていた。
ドーーーーーン。
眩い花火が打ち上げられてきた夜空に、ひときわ大きな花が咲いた。
「あ…、あれは…!!」
家々の隙間から見える夜空には大きすぎるほどの満開の花火。華やかな色はないがその激しくも力強い姿はまさに『暴れん坊』と呼ぶに相応しいものだった。
「すごいわねー、大きいわね。何て花火かしら」
「…『暴れん坊くん』じゃよ」
林田が見つめる夜空は涙でかすみ、暴れん坊がどことなく優しい存在に感じられた。
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