Chapter9. 竹ノ塚過激談 2003.6.21

 2003年早春、地下鉄半蔵門線が東武伊勢崎線まで直通運転することとなった。東京下町の象徴・浅草から、餃子のふるさと・宇都宮、紅葉や温泉の名所としても名高い日光まで、ローカルな地域を制覇し、埼玉、茨城、栃木の人々の都心への通勤通学の足として大活躍している東武伊勢崎線。そんな庶民の味方・東武伊勢崎線が半蔵門線だけでなく、そこに直結しているセレブな田園都市線までもカバーすることになるわけだから、東武伊勢崎線にとっては今回の営団事業は願ったり叶ったりなものだ。

 「東武伊勢崎線の駅名を挙げよ。」

 こんな質問をされたらいったい人々はどう答えるであろう。

 「浅草」
 「北千住」
 「東武動物公園」
 こんなところか。

 「上野」や「日暮里」などもなんとなく雰囲気的に考えれば、間違って答えてしまうということもありうるが。
 まあ、東武伊勢崎線以外にも他の路線が乗り入れしている浅草や北千住などはそれなりに有名なので答えられるのはわかる。東武動物公園だって東武線以外の何ものでもない。あの東武線職員の悪趣味な茶色の制服も北千住などの駅で見れば自然と馴染んでしまう。特急スペーシアだってスターウォーズやスペースマウンテンを連想させるような未来的なネーミングとロゴタイプであるのに、あのなんとも所帯じみた配色のボディが平和でのどかな景色の中を走る姿は、「スペ−シア」というより「サルでも乗れるみんなの特急列車」と呼ぶほうがふさわしい。

 しかしそんな自然に優しそうな東武伊勢崎線であるが、本当の東武伊勢崎線というものはそこには存在していない。浅草や北千住など、他にも多くの路線が通っているため、逆に東武伊勢崎線の本来の姿というものが薄れているというのが事実だ。浅草など銀座線や都営浅草線という老舗地下鉄がその勢力を延ばしているし、地下鉄日比谷線秋葉原駅ではJRの電車が遅れようが決して待っててくれないのに、そこから15分ほどの東武北千住駅ではJR常磐線の到着を健気に待ったりして、JRに媚を売っている姿が手に取るようにわかる。JR線が乗り入れしてくれるということで、私鉄駅でもどうにかメジャー駅の一員になろうといういやらしい部分が垣間見える。

 しかしそんな媚びた姿は本来の東武伊勢崎線の姿とは言えない。では、その本質はどこにあるのであろうか。

 竹ノ塚だ。

 東京23区といいつつも、埼玉の植民地と呼ばれ、東京都と埼玉県が戦争したら埼玉側につくだろうと言われている足立区。規模だけなら世田谷区と肩を並べるが地価などはその足下にも及ばない足立区。犯罪多発地区という看板を背負っている足立区。その最北端に位置するのが竹ノ塚なのである。

 駅周辺をパチンコ屋や居酒屋、フィリピンパブが取り囲むローカルな歓楽街。東武伊勢崎線の各駅停車しか停まらず、準急電車も隣の駅に停まってそのまま目の前を通過していってしまう悲しい駅。

 そんな竹ノ塚駅西口の小さなロータリーでは雨の日やバスの終わった時間などではまずタクシーは捕まらない、という奇妙な伝説がある。同時刻でも東口ではこれでもかとばかりにタクシーたちが群れをなしているのに西口では何時間待ってもタクシーが来ないということがしょっちゅうあるのだ。
 その理由は、特定のタクシー会社が東武と手を組んでいて西口は他のどのタクシー会社も入れないような縄張りを作っているのだという。そのため、縄張りに入れないタクシーたちは東口に集まってしまい、西口では専売特許を取得しているタクシーたちが「仕方ないから乗せてやる」ばりにダラダラと商売しているのだ。

 そんな時代遅れの風習が未だに残っている竹ノ塚だ。当然人々の心も時代から取り残されていると言えよう。

 その代表的存在と言えるのがヤンキーたちだ。渋谷などにいるチーマーではない。ヤンキーだ。パチンコ屋やコンビニの前にたむろし、家はすぐそこなのに夜中になってもなぜか帰らないヤンキーたちだ。

 彼等は普通に人々に危害を加える。

 以前、私がいつものように飲んだくれて朝方タクシーで帰り、竹ノ塚付近でそろそろ降ろしてもらおうかと徐行運転をしてもらっている時のこと。
 竹ノ塚では見なれたヤンキーたちが相変わらず大はしゃぎして集まっている横を通ると、突然タクシーの背後にドスン!という重い音が。

 蹴りだ。

 ヤンキーのひとりがいきなりタクシー後部に飛び蹴りしてきたのだ。見事な蹴りの入りっぷりに満足そうに喜ぶヤンキー一名と、周囲を取り囲む仲間たちからは喝采の笑い声が。その光景は竹ノ塚の町によく馴染んでいた。

 そんなことは日常茶飯事であり、私は大して気にも留めず、タクシー代の支払いのためバックから財布を取り出していたが、ふと目に入ったバックミラーには、タクシーの運ちゃんのおびえる形相が浮かんでいた。
 青山からやってきた都会っ子タクシーである。こんな荒んだ町にやってきてその荒れっぷりに相当戸惑ったようだ。
 ちなみに妹・友美は運転中、道路工事用の三角ポールを側面に投げ付けられたことがあるらしい。

 そんな荒れ狂った竹ノ塚でも東京は東京だ。数カ月前の東京ウォーカーで小さいながらもちょっとした竹ノ塚特集が組まれたことがあった。
 その時最も旬の売れっ子タレントが飾る表紙。その隅に小さく申し訳程度に書かれた「竹ノ塚」という文字。これまでそんな東京の最先端情報誌になど登場することなどなかった、2文字の漢字とまん中にかわいく覗くカタカナ一文字。
 単純に「竹塚」とせずに「ノ」をその中央に加わえていることで東京ウォーカーにも負けないくらいの登場感が感じられる。「竹's 塚」だ。「塚 of 竹」。「塚@竹.com」かもしれない。「竹さんちの塚さん」だ。

 おそらくその号だけはかなりの販売部数になったはずだ。なぜなら竹ノ塚は恐ろしいほどの人口密度だし、そんな垢抜けた話題などそうはないから、普段ケチって雑誌など買わない主婦もここぞとばかりに購入し、保存版にでもしてしまうだろう。かつてSMAP×SMAPで竹ノ塚歌劇団が登場した以来のフィーバーぶりだ。

 そんな浮き足立った状態で竹ノ塚人が手にする東京ウォーカー。すぐさま目次をチェックし8ptくらいの小さな文字で書かれた「竹ノ塚」を見つけだすと、巻頭特集「ドライブデート」や「隠れ家和食」など全く目もくれず「竹ノ塚」へまっしぐら!

 しかし…。

 東京ウォーカーを持つ竹ノ塚人のその手はわなわな震えだし、悔しさからか、悲しさからか、はたまた情けなさからか、その目からはひと粒の涙がこぼれ落ちた。

 これなら特集など組んでくれないほうがよかった。
 こんな風に扱われては竹ノ塚の哀れな様子が増々露呈されてしまうだけだ。

 彼等が見たものはあまりに無惨なものであり、今まで人目をはばかって静かに生きてきた竹ノ塚人の心の叫びが聞こえてくるような内容だったのだ。

 「竹ノ塚のおいしいお店!牛角」

 牛角って…。
 竹ノ塚じゃなくたってどこにでもあるではないか。逆に言えばおいしい店は牛角しかないのか?「おいしい」と言えば牛角なのか?竹ノ塚の母が「今日はご馳走よ」と言って連れて行ってくれるのは牛角ってことか?さすがに「安楽亭」では寂しすぎるのか?

 しかし、そんな悲しい出来事があった竹ノ塚にも最近やっと明るい話題がやってきた。

 それは、「竹ノ塚駅ビルリニューアルオープン」である。

 その名もずばりT-BOX!
 オシャレではないか。竹ノ塚の頭文字Tを取ってT-BOXだ。カレッタ汐留、六本木ヒルズの次は、竹ノ塚T-BOXだ。
 いわば複合ショッピングモールと言えるそのT-BOXにはさまざまな店鋪が並び、まさに次世代の竹ノ塚の顔と呼ぶにふさわしい役者っぷりだ。
 TSUTAYAにスターバックスにロッテリアにとんかつの和幸。美容室だって花屋だってパスタ屋だって、なんだってある。とにかく大盛り上がりだ!
 そりゃあ今さらスターバックスでも行列ができる。学校帰りの子供たちのおやつはロッテシェーキ。今まで吉野家で食べてたおじさんだってこれからは贅沢に和幸でとんかつ定食だ。

 って、やっぱりどれもどこにでもある店じゃん。
 それならいっそタワーレコードやハンズなど都会限定のものが突然竹ノ塚に出現ってほうが面白い。
 タワーレコード新宿店、渋谷店、池袋店、そして竹ノ塚店。
 もしくは突如シャネルやヴィトン、プラダのショップとかでもいい。
 隠れ家駅ビル的に駅の入口がわからない民家のような駅にしたっていい。

 しかしそうは言っても竹ノ塚なんだ。ヤンキーがもてる竹ノ塚なんだ。と、わかっていながらも正直がっかりです。
 そんなどこにでもある店鋪ばかり集めてるところが保守的であり、ミーハーだ。それだから東京ウォーカーでもバカにされるのだ。次はおそらく東京一週間の竹ノ塚特集ではロッテリアが取り上げられるに違いない。

 「埼玉特集:東京ではなかなか見かけないロッテリアがあの町に出現!」

 って、埼玉じゃないっつーの!