Chapter.07 アキハバラ作戦 2002.9.28

 「トーキョーは恐いとこじゃけん。そげなとこ行ったらどんな目に合うかわからんじょー」
 「そーじゃー。おめーみたいな田舎もんがトーキョーなんぞに行ったら石投げられるに決まってるだがや、われ!」

 憧れのトーキョーを夢見て「都内の大学を受ける」と宣言した息子に必死で説得する、農場を営む両親。こんな光景をテレビで見たことがある。しかしそこまで東京を「眠らない大都市東京25時。若者に忍び寄る危険な罠!!」的に解釈されても困る。東京では拳銃の携帯が許可されている、と勘違いしている人がいてもおかしくない。しかし新宿歌舞伎町や渋谷センター街、上野アメ横などで調子にのって粋がっていない限り、普通に生活していて危険にさらされるなんてことは滅多にない。確かに少々油断しているとひったくりにあったりしないでもないが、世界の大都市に比べれば、そんなものちょっとつまずいた程度の話であろう。

 マックの席取りでテーブルにバッグを置いておいても大丈夫だし、電車で鞄を膝の上に置いたまま眠りこけても楽勝!駅構内で足にバッグのヒモをぐるぐる巻き付けておかなくてもへっちゃら!!財布を落としてもちゃんと交番に届いたりするし、トラベラーズチェック5000円分などは確実に手許に戻ってくるのだ。

 東京はこんなに平和だ。安心して生活できる。東京にいれば何も恐いものはない。

 世界じゃビルに飛行機が突っ込んだり、外国人を拉致したり、洪水で家が流されたり、川にアザラシが出現したり、とにかくいろんなことが起こっている。こんな渾沌とした世界であっても、東京だけは決して裏切らない。東京は我が故郷。日本国民の心のよりどころ!

 そんなわけがない。東京だっていつ攻撃されるかわからないし、いくら安保条約を結んでいるとはいえ、アメリカに国防の全権を委任しているはずがない。都民の知らないところで様々な計画が練られているに決まっている。では、いったいそんな極秘作戦がどこで練られているのであろうか。

 交通の便がよく、高度なハイテク技術を保持し、優秀な人材が集まるところ。そんな場所はこの東京にひとつしかない。

 それは秋葉原だ。

 あの日本を代表する電脳都市の水面下では極秘プロジェクト「アキハバラ作戦」がすすめられているのである。
 コード番号は「AKIBAX」!

 秋葉原。略してアキバ。
 休日になると家族連れや若者、外国人で賑わい、石丸電気やオノデン、サトームセンなど電飾看板をきらびやかに光らせ、オリジナルテーマソングなどを流しまくり、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。普通に通勤の乗り換え駅として利用しているだけの人でも、前述の3店のテーマソングを鼻歌で歌えるほど浸透しているほどだ。

 しかしそれもメインストリート界隈での表面的な部分であって、その賑やかさの影に隠れて、秋葉原には全国から優秀な頭脳が集められてくるのである。
 「アキハバラ作戦」の工作員、通称アキバ族たちは一見目立った特徴がないように見えるため、まず彼等を見分けるのは困難だ。しかし一般人を装っている風に見えても、じっくり観察していると彼等の特徴はすぐわかる。

 リュックを背負っている一般人はよく見かけるが、実はアキバ族たちも好んでリュックを背負っている。しかし、彼等の背負い方は普通とは異なる。

 それは「片掛け」だ。通常リュックというものには両肩で背負って少しでも重さを軽減できるような構造になっているのだが、アキバ族は敢えてそれをやらず、片方の肩だけにかけているのだ。明らかにメリットを感じられないそんな背負い方と思えるが、おそらく彼等の中ではそれが最も効率のいいスタイルなのだろう。

 後生大事に毎日持ち歩くそのリュックの中には、武器や無線機や探知機などが入っていて、緊急事態にはそれらがすぐ取りだせるように構えているのであろう。突然の出撃命令などの場合一刻を争うため、そのスタイルが一番適しているわけだ。おそらく何十年も訓練した上で編み出したスタイルなのであろう。まさに究極のアキバ族スタイルだ。

 また、片掛けリュックを背負う手許には紙袋を常に持っている。そしてその袋からはみだしているのはポスターのようなものを丸めた紙。

 言う間でもない。隠しカメラや盗聴器が仕込まれているのだ。そのコンパクトにさりげなく丸められた紙の筒の中には精巧な電子機器が組み込まれていて、スパイやテロ組織を探っている。一般的にはアキバは単なる電気街と思われているが、一方では秘密軍事基地と噂されているため、そこにスパイやテロの人間が潜んでいるのは当然と言えよう。たまにかなり特大な紙の筒を持っている者もいるが、それはテロ組織が持ち込んだバズーカなどの武器という恐れもあるので用心したほうがいい。

 そしてアキバ族の話し方には特徴がある。

 人の目を見ずにどもりながら早口で笑ったまま話す。

 これがアキバ族たちに共通する話し方だ。おそらくこれこそ訓練された話し方なのであろう。敵にその心中を悟られないために決して目を合わせず、拷問に合った際に相手の話術にはまらないよう、口出すスキを与えないほどの早い言葉回し、そして相手に油断させるための無気味な笑顔。通常の人間にはできない、まさに「アキハバラ作戦」のために特別に訓練されたアキバ族のみが為せる技だ。

 アキバ族が集まる秘密基地はいくつか存在しているが、たいていどこかの店鋪の地下などを利用していることが多い。彼等の秘密基地への入り口は普通に正面から入り、店内の裏通路を使って行くため、その基地を見つけることは至難の技だ。しかしそうは言っても彼等も人間である。人間であるが故の落ち度が出てきてしまうものだ。

 それは臭いだ。「アキハバラ作戦」に携わるアキバ族たちからは独特の臭いというものが漂っている。どことなく酸味があり、長くその空気を吸い込んでいると立ちくらみがしてくる、あの刺激臭。普通じゃなかなか嗅ぐことのできない強烈な臭い。これこそ彼等が生物兵器や細菌兵器を研究開発している証拠と言える。そんな独特な刺激臭を頻繁に感じる場所こそまさにアキバ族たちの地下組織があるところなのだ。しかし比較的それが顕著に感じられるのが美少女アイドルなどの同人誌が置いてあるところが多いのは未だに謎だ。これも可愛い女の子で敵を惑わせるカモフラージュなのであろうか。

 そして総会や大きな作戦会議などがあるときなどは全国各地から「アキハバラ作戦」関係者が集まる。その会場と思われる建物には驚くほどの長い行列ができていて、そこに並ぶ誰もが緊張した面持ちだ。おそらく普段生で見ることのできない上層の幹部たちが来るのであろうから、彼等の姿を目に焼きつけておこう、彼等の言葉を深く心に刻んで帰ろうと必死なのである。中には規律に反しているとはわかっていつつもカメラやテープレコーダーを隠しもっている人間もいる。
 そんな雲の上の人々を見れることで緊張することはもちろんだが、それ以上に大切な身柄に何かがあっては困るから、その警戒に必死なのである。従って一般人がその列に並ぶ人間に、何の行列かと聞いても決して情報を漏らす等ありえない。通常、何も言わず目をそらされてしまう。間違ってその行列の間に入ってしまってはたいへんなことになる。列に並ぶ全員から鋭い視線が注がれ、至るところからブツブツと小さな声が聞こえてくる。おそらく死の呪文でも唱えているのであろう。

 また、サッカーワールドカップのあった2002年にはどうやらかなり大きな作戦会議が開かれていたようである。なぜなら、秋葉原に出没した通常ではありえないほどの外国人の多さである。彼等はサッカー観戦を装ったスパイであろう。近辺にはサッカースタジアムなどない。したがって秋葉原にあれだけの外国人が殺到する理由が全くないからだ。しかし、皮肉にもその作戦がかなりの規模で露呈してしまったため、かえってそのスパイ行為が目立ってしまい、けっきょくその時のアキハバラ作戦は中止されたようである。

 さて、そんな彼等アキバ族たちを取り仕切る人間とはいったいどんな人物なのか。もちろんそれは一般人はおろか、アキバ族たちにもわからない。ただひとつ明らかなことはその本部と思われる場所だ。

 それはアキハバラデパートだ。

 デパートだというのに、一般的な紳士服や婦人服、アクセサリーや家具などは決して置いておらず、そのかわりに鉄道模型やフィギュア、造型道具、ガンダムグッズ、そしてなぜか輸入菓子屋などがあり決して尋常ではない。しかもそこにあるアキバカフェなるちょっとしたドリンクや軽食が楽しめるカフェは、どう見ても普通のカフェとは言えない。

 まず、店員がみんなまるで宇宙人のようにピンクやら緑やらおかしな髪をしていて服も日常では決して目にすることのない無気味なものだ。どう見ても人造人間だ。そうでないとあの常識を逸したものは説明がつかない。そしてメニューには「アキバブレンド」という一見普通のコーヒーがあるが、これが最も怪しい。おそらく何か特別な調合をされたものが混入されていて、それを飲んだ人間は「アキハバラ作戦」の一部となるよう仕組まれているに違いない。確かにその付近の人々を見ると、どうも様子がおかしい。みんな足早に移動をするし、何かつぶやきながら口元にはほのかに笑っているし、やたら汗をかいているし、早口でどもるし、汗かいてるし、はは早口だし、とととにかく、なんだかおかしいし、おおおおかしいし、ぜぜぜぜ絶対おおおおおおおかししししいし、だだだだだから、あああああああああの、ああああああ、あ、あ、あれ?な、なんか、お、おお、おかしくない?あああああ、ああ、あああれー、あああ、あ、あ、あき、ああああき、あきばっっっくす…?……あきばっくす。………AKIBAX!