Chapter.06 最期を飾る 2002.6.1
 死ぬかと思った。夜、駅から駐輪場まで歩いていたら突然目の前にかなりのスピードで走る車が横切り、あと数十センチというところで事故を免れた。その前に寄ったコンビニでハーゲンとフォションでダラダラと迷っていなければ今頃こうして呑気にコラムなど書いてはいなかっただろう。確かにボケボケと歩いていたのは事実だ。ウォークマンだって聞いていた。足取りもリズムに乗って弾んでいたに違いない。しかし、どう考えても車の前方不注意で、100%車の責任となるだろう。そして多額な賠償金がヒサ家には支払われ、一気に家計が潤おう。家の建て替えでもしてしまうかもしれない。
 しかし死んだ私はどうなる。そんな急に殺されても死ぬ準備もできていないではないか。今、部屋は掃除の途中で散らかりまくりだ。そんな部屋を残したまま死んでは「ヒサクミコさんってだらしない人だったのね」と言われかねない。そして、警察の捜査の結果、事故死と見せかけた他殺ということを疑いだしてしまえば、当然部屋も調べられるはずだ。そうなると普通の20代女性の部屋にはあるはずのないものが続々と発見され、かなり怪しまれてしまうだろう。まず一番におかしいのはCCDカメラだ。しかも改造済み。加えてトランシーバーや八木アンテナ、尋常でない量のコード類、そしてなぜか何台もあるテレビやビデオ、ゲーム機たち。しかもそれら全てがちゃんと配線されていて、自由自在、用途に応じて切り替えられる。とにかく何か犯罪じみた臭いがするはずだ。

 こんなものたちが部屋からゴロゴロと出て来てしまっては、被害者であるはずなのに加害者にされかねない。これらを残したまま、どうして死ねようか。よく生前の友人たちが形見としていろいろともらっていくが、こんなものたちでは手の出しようがない。むしろこれらは私と共に死後の世界に連れて行くべきだ。

 誰でもそうであろうが、まず死ぬにあたって焼却処分しなければいけないものがあるだろう。絶対人に見られたくないものは、いくらどこかに隠しておいてもいつかは発見されてしまうから、この世から葬り去らなければならない。そしてそういう類いのものが複数ある場合、死に際でそれほど頭の回転もいいとは言えないはずなので、ひとつやふたつ忘れてしまうかもしれない。従ってあらかじめそれらをリストアップしておくといいだろう。

 しかし焼却のときに「死後焼却処分リスト」も一緒に抹消するのを忘れてはならない。これでリストだけが発見されてはせっかくの努力も水の泡だ。そんなリストまで作って周到に準備していたというのに、結局それが原因で全てばれてしまったとなれば、死んだ後までまぬけ扱いされてしまうだろう。もしくはリストを暗号化しておくというのも手だ。しかし、その暗号の解読方法を忘れてしまう恐れがあるので、解読書も作って大切に保管しておかなければならない。そうなると今度はその解読書を焼却処分しなければならなくなるが。

 死ぬ間際に暗号化されたリストを飲み込むってのもハードボイルドでかっこいい。解剖してみたら胃の中から暗号文が発見されたとなれば、もう最高にミステリアスだ。アガサ・クリスティもお手上げだ。灰色の脳細胞だってフル回転だ。それがダイイングメッセージとして謎が謎を呼び、それを巡ってミステリー冒険活劇が繰り広げられるかもしれない。

 ヒサクミコの死の謎を追うべく、妹・友美はかつて姉が一人旅をしたヨーロッパの地を訪れる。ベルリン、プラハ、ミュンヘンと巡るうちに、今まで知らなかった姉の姿を見ることとなる。ベルリンの街では麻薬のバイヤーとして名を馳せていたという衝撃の事実を知り、そして2番目の街プラハで思わぬ人と出くわすこととなる。その人物とは何年も前に事故で死んだはずのヒサクミコの高校時代の同級生Yであった!

 麻薬のバイヤーであった姉の死と、死んだはずのYが生きていたという事実、そして姉の身体に残された謎の暗号文。これらを結び付けるものとは!?果たしてヒサクミコの死の真相は!?そして最後の街ミュンヘンでは誰も予想できなかった驚くべく結末が待っている!壮大なスケールで繰り広げられるミステリーロマン、今春公開予定!

 主人公を犬に置き換えて、「3匹のワンちゃん、ずっこけ探偵物語」というのでもいい。

 さて、ここで私が突然死んだ時のために遺言を残しておこう。

 まず、死化粧は妹・友美に頼む。よく葬儀屋の人とかがやっているのを見るが、そうするとやたら口紅を赤くされたりピンクのチークをつけられそうなのでそれはダサいので困る。だから友美にはナチュラルメーク風に化粧してもらいたい。ナチュラルって言ってもマスカラはちゃんとカールするものでないといけない。口紅はベージュ系で。気持ちはわかるが、決してまぶたに目はかかないでね。ドラゴンボールの天津飯のようにおでこに目を描くのも厳禁。クリリンの点々もだめ。ハットリくんのぐるぐるほっぺはギリギリ許す。

 それから棺桶の中にはヒサクミコフィギュア全9体を一緒に入れてほしい。きちんと顔の周りを囲って整列していて、棺桶の窓を開けるとヒサクミコがいっぱいいるって感じがベスト。しかし首などが取れてしまうとMr.ビーンやドリフのようにブラックジョークになってしまうので、接合部分は念入りにチェックしてもらいたい。

 そして、このHPが全く更新できなくなってしまうため、私の死を知らない人からは怠惰な人間と思われてしまう。そこで、リンク仲間の誰かにこのHP上でネット葬儀を開いてもらいたい。お焼香ボタンも忘れずにね。

 とにかく死に際こそセンスの見せ所だ。葬式は結婚式などよりも圧倒的に人が集まり、いわゆる自分が主役になれる最も華やかなものなのだ。結婚式などは自分でディレクションできるため、それなりにその人の個性というものが反映されるが、死ぬ時はそうはいかない。

 かっこよく死ねてこそ、それまで生きてきた甲斐があるというものではないか。プラトーンのウィレム・デフォーのような死に方なんて素敵じゃないか。ナイルの海戦でナポレオンを敗ったことで有名なネルソン提督のように、戦いの艦の上でほとんど失明状態で瀕死の床、味方の勝利の知らせをかすかに耳にしながら安らかに目を閉じていくっていうのもかっこよすぎる。三島もいいが、さすがに今の時代切腹はきつい。

 やはりその時代のかっこいい死に方というものがあり、今彼等のような死に方を望んでも不可能だ。ネルソンのように死ぬにはまずフリゲート艦を用意し、とりあえずどこかに戦争をしかけなければならない。従って、今最もかっこいい死に方というものを考えた場合、やはりもっとハイテクで電脳でITでブロードバンドな感じが必須であろう。

 その結果考えられるのはひとつだ。

 「コンピュータウイルスに感染して死ぬ」

 これでしょ。