Chapter.03 暗黒ディズニーランド  ネットマガジンUNDER×POP vol.4 掲載(2002.2.刊行)
 今からおよそ二十年前、夢の国・東京ディズニーランドが登場した。設立当時は「アメリカがやって来た」とペリー来航以来の旋風を巻き起こし、子供心をドギマギさせたものだ。そしてユニバーサルスタジオやサンリオピューロランドなどができた現在、東京ディズニーシーなるものまで登場し、これまで潮風が吹き荒れる、しがない千葉の一角であった浦安も幸せいっぱい夢いっぱいのワンダーランドとなった。

 日本だけでなく海外からも人々が訪れるそんな夢の国は、渾沌とした厳しい現代社会を生き抜き、疲れた心の安息を求めて人々が集まる。
 上司からは成績が上がらないと叱られ、部下からは影でコソコソ陰口をたたかれる中間管理職のサラリーマン。
 安月給の旦那に出来の悪い息子を持ち、近所の奥様の自慢話を毎日聞かされつつ、集金にやってくる新聞屋の青年と密かに浮気をしている団地妻。 定期試験の日「やばい!なんにもやってないー」と嘆く友達に「あたしも昨日は8時に寝ちゃったよー」と困りながらも目の下にクマを作っている女子高生。
 どうにか親にせがんで買ってもらったPS2だが、PSソフトしか持ってなく、未だにバイオハザードをやり続けている小学生。
 疲れた日常から解放され、一時の夢を見ようと集まってくる彼ら。そんな傷ついた心を癒すべく出迎えるのはディズニーランドの主、それがミッキーなのである。
 ネズミでとは言え、ミッキーはその存在だけで人々に夢を与えてくれる、言うなればドリーム職人である。
人々はそんなカリスマねずみに憧れ、その存在自体を神がかり的にあがめている。ミッキーに手を振られれば失神しそうなほど喜び、遠くにその姿を見つければ、ダッシュで追いかけ一緒に記念写真を撮ってもらい、家に帰ってもその恩恵にあやかろうとミッキーの肖像の入ったグッズを買って帰り、しかもそれを友達にも分け与えて布教活動をするなど、かなりの信仰ぶりがうかがえる。
 しかし、そんな狂信王国・ディズニーランドも、地下ではドロドロした世界が繰り広げられているということはあまり知られていない。あの世界各地に多くの信者をもつ夢いっぱいワンダーランドの裏では、カースト制度をも凌ぐ凄まじい階級社会が存在するのである。

 カースト制の頂点はもちろんミッキーである。ミッキー様が現れれば、それまで楽しく愉快におしゃべりしていた、グーフィーやピーターパン、小人たちなどのザコ連中の間にただならぬ緊張感が走り、落ち度があってはいけないとばかりにミッキーのひとつひとつの動作に意識を集中させる。
そしてスキあらばミッキー様のお役にたって自分の株を上げ、オリジナルグッズや、レストランで名前入り特別メニューでも作ってもらおうと必死である。

 そういった意味ではシンデレラはかなりの策略家だ。
 シンデレラと言えば白雪姫や人魚姫、眠れる森の美女などの姫集団のひとりとしてディズニー界に君臨しているわけだが、その中でも不思議なことに彼女だけ特別待遇を受けているのである。
 シンデレラの居城はミッキー帝国のど真ん中に堂々とそびえ立ち、しかもそのシルエットが東京ディズニーランドのロゴマークに使用されたりして、目に見えて特別扱いをされているのがわかる。これはただならぬ臭いがする。おそらく持ち前の色気でミッキーを誘惑し、愛人くらいにはのぼりつめているのであろう。

 彼女のこれまでの素行から考えてもそのしたたかさは周知の事実だ。彼女を今の地位にまでのし上がらせたことで有名な、例の舞踏会での夜のことである。
 12時の鐘で階段を駆け降りた彼女はうっかり靴を落としてしまい、それを拾わずにそのまま走り去った。
 普通に考えれば拾うべきであろう。というのはそのガラスの靴は魔法使いからお借りしたものであり、決していただいたわけではない。もしかしたら魔法使いはあげるつもりであったかも知れないし、シンデレラもそんな気がしてたのかもしれない。しかし、そこは一応返すつもりできれいに磨くなどしておくのが一社会人としての礼儀であろう。それにいくら時間が迫っているとはいえ、拾う時間くらいはあるはずだし、逆に片足だけ履いて走るのでは余計なタイムロスのはずだ。拾って靴を両足ちゃんと履いて走るのと、片方の靴のみで走るのとではどっちが早いか。答えは明確だ。一度実験してみるといい。しかし最も早いのは両足脱いで裸足になることだろうが。

 世間ではミッキーの彼女はミニーとして知られているが、それも表面上のことで、シンデレラに比べ明らかに軽視されているのがわかる。シンデレラはあんなに大きな城を建ててもらったというのに、ミニーの家などはミッキーの子分たちの家が詰め込まれているトゥーンタウンの一角にひっそりと建っているだけだ。彼女だというのに「ミッキーの仲間たち」扱いされてしまっている。
 「釣った魚には餌をやらない」というのはこのことだろう。
 そんな不幸なミニーはそれでも一生懸命踊り、歌い、お客さまを精一杯の笑顔で出迎え、ミッキーの離れてしまった心を取り戻そうと、ひたむきに頑張っている。
 かたやシンデレラはどうだろう。城に訪れても家来たちが案内してくれるだけで、出迎えることもしない。やっとその姿を見せるとしてもパレードという華やかな舞台の時などで、しかもかぼちゃの馬車に乗って皇太后様ばりに手を振るだけで、自分の足で歩こうともしない。

 これではミニーがあまりにも不憫だ。あの笑顔の裏では人知れず涙を流しているのかと思うと、エントランスで笑顔で迎えてくれるその姿に素直に喜べないではないか。そんなミニーには記念写真を撮る時などにそっと耳もとで声をかけてあげるといい。

 「大丈夫、いつかミッキーは帰ってきてくれるよ」と。


 おそらく号泣だ。